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大阪高等裁判所 昭和36年(ネ)1470号 判決

控訴人・付帯被控訴人 原告 債権者 筒中商事株式会社破産管財人 中筋義一

訴訟代理人 中筋一朗 外一名

被控訴人・付帯控訴人 被告 債務者 山吉証券株式会社

訴訟代理人 川尻二郎

主文

本件控訴を棄却する。

本件付帯控訴を却下する。

控訴費用は控訴人の負担とし、付帯控訴費用は付帯控訴人の負担とする。

事実

控訴人は、昭和三六年(ネ)第一四七〇号事件について、「原判決を取り消す。控訴人及び被控訴人間の大阪地方裁判所昭和三三年(ヨ)第三三二五号仮処分申請事件の仮処分決定主文第二、第三項を認可する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、付帯被控訴人は、昭和三七年(ネ)第三五号事件について「本件付帯控訴を却下する。付帯控訴費用は付帯控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は、昭和三六年(ネ)第一四七〇号事件について控訴棄却の判決を求め、付帯控訴人は、昭和三七年(ネ)第三五号事件について「前記仮処分決定主文第一項を取り消す。付帯被控訴人の仮処分申請のうち同決定主文第一項と同旨の部分を却下する。付帯控訴費用は付帯被控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の主張、証拠の提出援用認否は、

控訴人(付帯被控訴人。以下同じ。)の方で、

中川三郎は、さきに破産者筒中商事株式会社(以下破産会社という。)発行の新株を引き受けたものであるが、その払込資金調達のため、自己がその子中川紀郎ほか二名の各名義で保有する原判決添付目録記載の株式三万七〇〇〇株(以下本件株式または本件株券という。)を株式会社七福相互銀行に担保に差し入れて同銀行から資金を借り入れ、これを払込取扱銀行たる右銀行に払い込み、同銀行はその払込金保管証明をし、新株発行の登記が行われた後、破産会社は直ちに払込金たる同銀行における別段預金のうち二〇〇万円を引き出し、昭和三二年二月二二日この二〇〇万円をもつて中川三郎より本件株式を代金二〇〇万円で買い受け、中川三郎は右代金二〇〇万円を破産会社より受け取り、前記銀行に対する借入金債務二〇〇万円を弁済したものである。右譲渡の際、破産会社では、疎甲第一号証の振替伝票が作成されたのであるが、それには本件株式の銘柄及び数が記入されており、中川の押印もあり、破産会社が中川より二〇〇万円でこれを譲受取得する旨の趣旨が表示されているばかりでなく、その裏面には中川三郎自筆の本件株式名義人中川紀郎ほか二名の氏名の記載があり、これに中川三郎の署名した支払請求書が添付されている。右振替伝票等は、中川がその子中川紀郎ほか二名各名義の、自己の保有する本件株式を破産会社に譲渡する意思を表示したものであつて商法二〇五条一項に規定する譲渡証書にあたるものである。仮に右振替伝票等をもつて譲渡証書にあたるものと解することができないとしても、中川三郎は前記のようにその譲渡すべき意思を破産会社に表示して、その旨前記振替伝票のほか破産会社の帳簿に記載させているのである。つまり破産会社は、右譲渡の意思表示と後記のように本件株券の交付を受けたことによつて、本件株式を取得したものである。破産会社は、その際、中川から本件株券の現実の引渡を受けていないけれども、前記のように中川は前記振替伝票の裏面に本件株式の名義人中川紀郎ほか二名の氏名と各自の持株数とを記載し、これを破産会社に差し出しているのであつて、その時以後破産会社のため本件株券を占有すべき旨の意思を表示し、破産会社にその占有権を譲渡してその引渡交付をしたものである。破産会社の取締役たる中川三郎と破産会社との間の本件株式の譲渡行為は、他の取締役青木又雄、石原健二がその当時これを承認している。

仮に中川の破産会社に対する本件株式譲渡の意思表示が、その真意によるものでないとしても、あるいは通謀による虚偽の意思表示であるとしても、それは善意の第三者に対抗することができない。そして破産管財人は、総債権者を代表する地位にあるものであつて、控訴人は、中川と破産会社との間の右譲渡行為について善意の第三者である。中川は破産会社の代表取締役として、その破産の際、債権者に対し本件株式は破産会社の資産に属するものであることを明らかにしており、かつ破産裁判所に対してもその旨主張し、破産決定においてその旨認定されている。禁反言の原則に照しても、破産会社代表者であつた中川は、これに反する主張はできない。本件株式の譲渡が真意に反すること、あるいは通謀による虚偽のものであることをもつて、控訴人に対抗することはできない。

被控訴人(付帯控訴人。以下同じ。)は、太平化学製品株式会社(以下太平化学という。)より本件株式を代金一株につき二七円で買い受けたというけれども、右買受の事実はない。太平化学は資金に窮した結果、本件株式を含む筒中プラスチツク工業株式会社(旧商号筒中セルロイド株式会社)発行の株式九万三二四八株を担保にして約二五〇万円を被控訴人より借り入れたものである。このことは、その後太平化学の代表取締役鋒山進個人が本件株式を含む右株式九万三二四八株を買い戻している事実によつて明白である。証券業者として行政監査を受けている被控訴人は、非上場株たる本件株式を保有できないはずである。仮に被控訴人が太平化学より本件株式を買い受ける旨契約したとしても、中川三郎が被控訴人に本件株券を交付した際にした裏書は株主名義人中川紀郎ほか二名の記名を欠く押印だけによるものであつて未だその記名は補充されておらず、裏書の効力は生じていない。したがつてたとえ被控訴人が本件株券を善意、かつ重大な過失なしに受け取つたとしても、善意取得の保護を受けることはできない。仮に記名の補充なき裏書が裏書本来の効力を有するとしても、被控訴人は悪意又は重大な過失によつて本件株券を取得したものである。なぜならば、被控訴人は証券業者であつて、非上場株式たる本件株式を太平化学より取得するに際し、本件株券を太平化学が中川から受け取つた事情について太平化学より説明を受け、本件株式について訴訟が係属していることを十分知つていたものと推認される。仮にそうでないとしても、本件株式が非上場株式である以上、被控訴人は発行会社の筒中プラスチツク工業株式会社等に問合せをして調査をすべき注意義務があるのであつて、これを怠つたため前記事情を知ることができなかつたものであり、重大な過失がある。

前記のように、本件株券は破産会社の所有に属するものであつて、将来被控訴人が本件株式について名義書替を受け、他にこれを売却するときは、控訴人がその引渡を求める本案訴訟をしても無意味であつて、執行保全のため控訴人は本件仮処分を維持する必要がある。

本件付帯控訴は不適法である。すなわち、(1) 被控訴人と筒中プラスチツク工業株式会社との関係につきなされた本件仮処分決定主文第一項に関する限り、控訴人と被控訴人との間において、口頭弁論を開いてその審理を行うことは法律上不能であつて、仮処分の異議の申立は単に口頭弁論を経てあらためて仮処分申請の当否についての審判を求める申立にすぎないものであるから、異議申立自体に対する裁判は必要でない。したがつて、原裁判所がこれについて判断しなかつたのは当然である。(2) 控訴人は、本件仮処分異議訴訟手続において、本件仮処分決定主文第二、第三項のみの認可を求めているのであり、したがつて被控訴人はその第二、第三項を取り消す旨の判決だけを求めていたものである。被控訴人は本来同決定主文第一項の取消を求めることはできないのであつて、当審において、その申立を拡張してその取消を求めるため付帯控訴の申立をすることはできない。又債権者代位の規定に基づく仮処分異議の申立は許されず、したがつて債権者代位の規定による付帯控訴の申立も許されない。

と述べ、

被控訴人の方で、

本件株式は、中川紀郎ほか二名の各名義であるが、実際は中川三郎の保有するものであつた。

記名株式の裏書の方式について、商法二〇五条二項は手形法一三条の規定を準用する旨定めており、同条によると、裏書人の署名すなわち記名押印が必要であるけれども、証券取引の実際にあつては、譲渡人の押印とその株券の交付とによつて株式の裏書譲渡が行われており、その譲受人は裏書人の記名を補充しないままこれを補充権とともに他に譲渡したり名義書替請求をしたりしているのである。被控訴人は現に本件株券につき裏書人の記名を補充していないけれども、その善意取得の効力になんら影響はないのである。太平化学は、中川三郎から本件株式のほか、筒中プラスチツク工業株式会社発行の株式五万六二四八株を譲り受け、これを本件株式とともに被控訴人に譲渡したが、監督官庁の指示に従い、右株式五万六二四八株を太平化学に譲渡返還した。

原判決は、本件仮処分決定主文第一項について、被控訴人は異議申立の適格がない旨判断し、他方それについての異議申立を却下する裁判をする必要はないと説示している。しかし、本件仮処分決定主文第一項は本件株券に対する筒中プラスチツク工業株式会社の占有を解く旨定めているのであつて、同会社は被控訴人から名義書換請求を受けて本件株券を一時保管しているにすぎないものであり、仮処分決定主文第一項について、同会社はなんら実体上の利害関係を有しないものである。他方、被控訴人は、その所有の本件株券を自己の手中に取り戻す利益あるいは必要があるのであつて、被控訴人は、同決定主文第一項の取消を受けるため、異議申立をする適格を有する。仮にそうでないとしても、被控訴人は同会社から本件株券の返還を受くべき債権を有するところ、その債権を保全するため、同会社に代位して同会社の有する異議申立権を行使するものである。しかして、同決定主文第一項は、前記のように本件株券に対する同会社の占有を解くことを命じているのであるが、同会社は前記のように被控訴人のために本件株券を一時保管するものにすぎず、自己のためにこれを占有する意思はないのであるから、同会社は本件株券を占有していない。したがつて、同決定主文第一項はその効力を有しない。仮にそうでないとしても、同決定主文第一項は、右の理由によつて不当であり取消を免れない。

一般に付帯控訴は、控訴審において、被控訴人が原判決に対する不服を主張して控訴審判の範囲を自己に有利に拡張する申立であつて、付帯控訴申立の対象は、必ずしも原判決主文に掲記された事項そのものに限られず、原審における申立事項を変更拡張した事項をも包含するものである。したがつて、原判決主文に掲記されていない本件仮処分決定主文第一項の取消の申立を、当審で新たに拡張追加して原判決を自己に有利に変更することを求める本件付帯控訴の申立は適法であり、かつその利益がある。

と述べ、

控訴人の方で、

当審証人中川三郎の証言を援用し、乙第二号証の一のうち郵便局作成部分の成立を認めその余の部分の成立は不知、乙第二号証の二の成立を認めるが乙第三号証の成立は不知、

と述べ、

被控訴人の方で、

乙第二号証の一、二、第三号証を提出し、当審証人鋒山進の証言を援用し、原審で提出された甲第四号証の成立を認め、甲第一一号証の四の成立は不知、

と述べたほか、いずれも原判決事実記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

破産会社が昭和三二年一一月二一日大阪地方裁判所で破産宣告を受け、同日控訴人がその破産管財人に就任したこと、控訴人が、破産会社はこれより先同年二月二二日その代表取締役であつた中川三郎より実際上その保有する、中川紀郎ほか二名各名義の本件株式を、他の株式三〇〇〇余株とともに、代金二〇〇万円で譲り受け取得していたものとして、昭和三三年一二月一九日原裁判所で被控訴人、筒中セルロイド株式会社(後にその商号が筒中プラスチツク工業株式会社に変更されたことは、成立に争のない疎甲第三号証の一、二によつて明らかである。)を相手方として、「(1) 本件株式に対する筒中セルロイド株式会社の占有を解いて執行吏にこれを保管させる。(2) 被控訴人の本件株式に対する株主権の行使を禁止するとともに被控訴人がこれを他に売買譲渡質入等処分することを禁止する。(3) 筒中セルロイド株式会社は被控訴人からの申出による本件株式の名義書替その他の変更手続をしてはならない。」旨の仮処分決定を得たことは当事者間に争がない。

控訴人は、破産会社は商法二〇五条一項後段にいうところの株券及び譲渡証書交付の方法によつて中川三郎より本件株式を譲り受け取得したものであると主張するので考えてみる。成立に争のない疎甲第四号証、原審証人西野楢一、原審及び当審証人中川三郎の証言によつてその成立の認められる疎甲第一号証、第二、第一一号証の各一から四まで、同各証言(いずれもその一部)によると、破産会社の資本の額は当初一〇〇万円であつたところ、昭和三二年二月頃金額計三〇〇万円の新株発行を決めその払込金三〇〇万円は株式会社七福相互銀行大阪支店が保管し別段預金とされた。その後同年二月二二日破産会社は、中川三郎よりその保有する本件株式を、他の筒中セルロイド株式会社発行の株式三五〇〇株とともに、代金二〇〇万円で買い受ける旨契約し、破産会社は小切手をもつて中川三郎に右代金を支払い、右預金中二〇〇万円は同日その小切手の支払に充てられたものとされた。もつとも、右小切手やその小切手金二〇〇万円は、現実には中川三郎に交付されておらず、二〇〇万円の授受はない。その際借方欄に「科目」有価証券、「摘要」筒中セルロイド株式四〇、五〇〇株中川紀郎一三、五〇〇株中川和義一三、五〇〇株中川圭子一三、五〇〇株、金額二、〇〇〇、〇〇〇円、貸方欄に「科目」当座預金、「摘要」七福相互大阪、金額二、〇〇〇、〇〇〇円と記載された同日付振替伝票の表面に中川三郎は社長(代表取締役)として押印し、その裏面にみずから「中川紀郎一三、五〇〇株中川和義一三、五〇〇株中川圭子一三、五〇〇株計四〇、五〇〇株」と記載し、さらに中川三郎は、経理課長あての同月二〇日付支払請求書に社長として押印した。しかし中川三郎は破産会社に対し本件株券を現実に交付しなかつた(その現実の交付がなかつたことは、控訴人の自認するところである。)。他方、中川三郎は昭和三二年八月初旬太平化学代表取締役鋒山進との間に、同会社と破産会社(当初の商号筒中貿易株式会社)との商取引の担保のため、本件株式を、筒中セルロイド株式会社発行の他の株式五万六二四八株とともに譲渡する旨契約して、本件株券を同代表取締役鋒山進に現実に交付し、その際作成された「担保預り証」の作成日付を同年一月八日に遡らしたことが一応認められる。前示各証言のうち右認定に反する部分は、前示証拠と比べて信用できない。右認定を左右するに足りる疎明資料はない。ところで、控訴人は、前示振替伝票の表面・裏面及び支払請求書の記載並びに各押印をもつていわゆる譲渡証書にあたるものであると主張するので考えてみる。思うに商法二〇五条一項にいうところの「株主トシテ表示セラレタル者ノ署名アル譲渡ヲ証スル書面」すなわち譲渡証書は、その書面の記載上譲渡人の一定の株式を譲渡する意思が明瞭に認められるものであつて、株券にそえて譲受人に交付されるべきものであることを要すると解すべきである。本件についてこれをみるに、一般に振替伝票は現実に現金の収支のない取引を各勘定科目に仕訳する伝票であり、かつ帳簿に記入をするための資料であつて、中川三郎が前示のように破産会社の前示振替伝票の裏面にみずからその譲渡すべき本件株式の株主名義人の各氏名・数を記載したのは、右伝票作成の必要上、取引の対象を明白にしたにすぎないのであつて、同人が譲渡人の署名(記名押印)をしたものではないと解すべきである。したがつて、前示振替伝票の記載によると、中川三郎の右株式譲渡の意思が推認されるけれども、これをもつて、振替伝票をも兼ねた、株券にそえて譲受人に交付されるべき、譲渡の意思が明瞭に認められる、譲渡人の署名のある書面、すなわち譲渡証書にあたるものということはできない。控訴人の右主張は採用できない。控訴人は、中川三郎は占有の改定によつて本件株券を破産会社に引渡交付したと主張するので考えてみる。思うに、株券の交付はその占有の改定によつてもなされ得るものというべきところ、占有改定とは、ある物の譲渡人が引き続きその物を占有しながら譲受人を間接占有者とする旨の意思表示すなわち間接占有移転の意思表示をいうのであつて、譲渡人が譲渡にかかわらず依然として占有を続けている場合、それだけで当然占有改定の意思表示があつたものということはできない。本件についてこれをみるに、原審証人西野楢一の証言中の「株の売買の場合、普通には株を現実に受け取るのであるか、この場合中川社長(中川三郎)が株を保管しており私(西野楢一)は現物を見なかつたので、中川が株を保管し会社(破産会社)に引き渡すことを確認する意味で(振替伝票の)裏面に(株主名義人中川紀郎ほか二名の各氏名及び持株数を)書いてもらつた。」旨の部分は、当審証人中川三郎の証言(後掲)と比べると、単に西野楢一がそのような内心的意図を有していたことを一応明らかにするだけのものというべく、右振替伝票の裏面の株主名義人及びその持株数の記載だけでは、中川三郎が本件株式の譲受人たる破産会社を本件株券の間接占有者とする旨の意思表示がなされたものと解することはできない。かえつて当審証人中川三郎の証言によると、中川三郎は、実質上自己の保有する、中川紀郎ほか二名各名義の本件株式の数などを右振替伝票の裏面に記載して、破産会社に譲渡すべき株式及びその数を明白にしたにすぎないことが一応認められる。

控訴人の右主張は採用できない。

すると、破産会社は、株券及び譲渡証書交付の方法によつて、本件株式を譲受取得したものということはできない。

控訴人は、破産会社は中川三郎より譲渡の合意及び株券の交付によつて本件株式を譲受取得したものであると主張するので考えてみる。思うに記名株式は、その譲渡の合意及び株券の交付によつても、譲渡移転せられるものと解するのが相当である(手形債権の譲渡についての大審院昭和一二年(オ)第二〇六号同年六月一四日判決・民集一六巻一三号八一四ページ参照)。この方法による株式の譲受人は、裏書又は譲渡証書によつて与えられる資格授与力を得ることができないなどの不利益を被るだけのことであつて、商法二〇五条一項をもつて強行法規と解することはできない。前示のように、中川三郎は昭和三二年二月二二日破産会社との間に本件株式を破産会社に譲渡する旨の合意をした。しかし株券が有価証券性を有することに基づき、その交付をも株式移転の要件とするものというべきところ、破産会社(したがつてその破産管財人たる控訴人)が本件株券の交付を受けていないことは前示のとおりである。すると破産会社は本件株式を譲受取得していないといわざるを得ない。控訴人の右主張は、破産会社の代表取締役であつた中川三郎と破産会社との間の本件株式売買について取締役会の承認があつたか否かにつき判断するまでもなく、採用できない。

してみると、本件株式は、破産会社の破産財団に帰属しているものということはできないのであつて、控訴人は被控訴人に対し本件株券返還請求権を行使することはできないというべきである。結局、本件被保全権利はその疎明がないものというべく、かつ保証をもつてこれに代えるのを相当としないから、控訴人の被控訴人に対する本件仮処分申請は失当として棄却するほかはない。

被控訴人の付帯控訴申立について審究する。

被控訴人は、原判決は本件仮処分決定主文第一項についての被控訴人の異議申立あるいは同決定主文第一項を取り消す旨の申立を事実上却下したものであると主張するので考えてみる。およそ仮処分決定に対する異議は、口頭弁論を経てあらためて仮処分申請の当否についての審判を求める申立であるから、異議の申立に基づいてその仮処分申請の当否についての口頭弁論が開かれその審理が行われるときは、異議申立自体の目的は達せられたものというべく、もはや異議申立自体の適否について審判する余地はないものといわねばならない。本件仮処分決定主文第一項は、「本件株式について被申請人筒中セルロイド株式会社の占有を解いてこれを申請人の委任する執行吏に保管させる。」というのであり(記録二二丁)、同決定主文第一項に関する限りその仮処分債務者は筒中セルロイド株式会社であつて、被控訴人ではない。異議を申立て得るのは、仮処分債務者又はその訴訟承継人に限られるのであつて、異議の申立は、その性質上債権者において、代位(民法四二三条一項)することはできない。原審において、被控訴人が前示会社に代位して同決定主文第一項について異議の申立をした形跡は記録上認められないのであつて、原審がその申立自体の適否について判断せず、かつこれについて口頭弁論を開かず、あらためて控訴人の前示会社に対する仮処分申請の当否につき審判しなかつたのは正当である。他方、原審は、どのような意味においても、被控訴人の同決定主文第一項についての異議申立を却下したことになるものでない。被控訴人が、みずから又は前示会社に代位して同決定主文第一項について異議の申立をすることができない以上、控訴審において、被控訴人が同決定主文第二、第三項について原審でした異議を拡張し、同決定主文第一項についての異議を追加することも許されない。したがつて、その追加が許されるという被控訴人の独自の見解を前提とし、控訴人と被控訴人との間では存在しない原判決主文第一項を対象とする本件付帯控訴は、不適法であつてその欠缺は補正できないから、これを却下するほかはない。このことは、たとえ被控訴人がいうように同決定主文第一項が無効あるいは失当であるとしても同様である。

そうすると、右(付帯控訴についての判断を除く。)と同趣旨の原判決は相当であつて本件控訴は理由がなく、本件付帯控訴は不適法でありその欠缺を補正できないから、民訴法三八四条三七四条三八三条九五条九二条八九条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山崎寅之助 裁判官 山内敏彦 裁判官 日野達蔵)

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